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『ひめブログ』URL:http://www.himeblog.net/

はい、どっと・こむばんは(=^o^=)やまねこです。

まもなく11月も終わり、いよいよ年の瀬が近づいてます。

2008年と言う一年が暮れてゆくのです。

一年の総仕上げの時期ですね。仕事にプランベートに忙しく過ごしている人も多いでしょう。

さてさて、わたしにとっては「スローな暮らし」をテーマに始まった今年でしたが、この一年をふりかえ

る頃になってきました。

今年のはじめに『ひめブログ』で、初夢について書いていた頃のことを思い出します。

「幸みたま、くしみたま、守り給え、さきわえ給え」とお祈りをして眠ると良き初夢を見ることが

できます・・・と書いたら多くの方々が熱心に読んでいただけました。

それほどに新年の気分は、一年を眺望してそれぞれの願い事に想いがこもる時期なのですね。(=^o^=)

みなさんは、良き夢がかなった一年だったでしょうか。

夢とは、はかないもの・・目覚めてみればうつつの世界、移ろうものと言われますが、それでも私たち

を駆り立ててやまないものでもあります。

「夢をかなえる」というのは、はかなく流れ去ってゆく夢を「現実のもの」にメタモルフォーゼさせる

ということなのです。「もし・・・わたしの願いがかなうなら」といつも人は心に念じているのです。

「お金が欲しい」「家族が健康であって欲しい」「いい仕事につきたい」「望みの学校に入りたい」

「素敵な異性に出会いたい」などなど人それぞれでしょう。

確かにその切実なる願いがかなえば、人は幸せを感じるに違いないと思うのです。

しかし、時として願いは容易にはかなえられず、期待は裏切られ失望することもあります。

わたしたちの身辺には、多くの試練があってなかなか願いが十全にかなえられることはありません。

「思い通りにはいかないものだ」と人は少しずつ諦念を身に着けてゆきます。

「そんな夢みたいなこと言ってもね。現実は厳しいんだ。」と少しずつ、「現実の厳しさ」に

目覚めてゆくのでしょう。

しかし、果たして「現実は厳しく、なかなか夢はかなわない」というのは本当なのでしょうか?

わたしは、この一年の実験であることに気づきました。

「夢がかなわないのではなく、現実を見る目が狭いのだ。」ということです。わたしたちが現実と

呼んでいるものは、この世界の一部に過ぎない・・・ということです。

もし、人が心の荷物をおろして、ゆったりと身辺を見回してみることができるとしたら、わたしたちが

現実と看做していることは、限られた世界の限られた部分に過ぎないことに気づきます。

わたしたちは、いかにして呼吸し、鼓動し、食物を摂り、消化しているかさえも正確には把握していない

のです。日々の習慣の中で半ば自動的に過ごしているにすぎません。

また、わたしたちは、本当に世界をありのままに見てはいないのです。自分の願望、欲求、利害、嗜好

などで独自に切り取った世界であり、色眼鏡越しに見ているに過ぎないのです。

もし、そうであるならばもっとありのままの世界と自分を見つめることが大切なのではないでしょうか?

ひょっとして、「わたしのかなえたい夢」とやらも、本当にわたしのとって切実なものなのではないのか

もしれないのです。タマネギの皮をむいてゆくように「本当のわたしの願い」を明らかにしてゆくのもい

いかもしれません。他人から与えられた夢や目標、社会的ステイタス、世間の目、対面などなどおよそ自

分自身の願いとは無関係なものも沢山あります。

そうした非本質的なものが少しずつはがれ落ちていった先に「わたしの本当の夢」があるのかもしれませ

んね。

愛する家族、仕事、クリエイティブな衝動、友愛、健康、安らかな生活感などなど人によってさまざま

でしょうが、多くの枝葉末節をそぎ落としてゆくと、けっこうシンプルな願い事がかなえば、わたしたち

は『生きる勇気と希望』が湧いてくるのかもしれません。

その『願望と夢のタマネギ』をむいてゆくと、いったい何があるのでしょうか?

クリスマスが近づいてきます。

夢のタマネギの最後に残るシンプルな夢を見つけてみませんか?

そしてそれを来年の「わたしのかけがえのない夢」として大切に年越しさせれば、きっといい初夢が見ら

れることでしょう。

やまねこ(=^o^=)でした。