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『神霊狩り』opening


はい、どっとこむばんは(=^o^=)やまねこ亭です。

昨日は、道後温泉街を散歩して、シゲシゲさんから黄金の林檎をプレゼントされ

ました。今日は、朝からtomokoさんが「いい整骨院」で整体治療を受けました。

そして、転院する母を見舞いにベテル病院へ。

来週明けはやまねこの心臓治療のための検診です。

寄る年波、やまねこも自分や家族のことで医療機関・健康施設を訪問する用事が

増えてきました。

確かにアンチ・エイジングは時代のキーワードかな、と思います。

さてさて、黄金の林檎です。

以前、サイキック・゛ティフェンスについてじっくりと考えました。

『サイキック・ディフェンス=心霊的自己防衛についてまとめたいと思います。
 普通、自己防衛と言うと「身構える」とか、「防御法」とか、「護身術」などを連想します。
どちからというとガードを固めて、外に対して自分を守るといったイメージが強いと思いますから
ここで、誤解なきよう私見をお伝えします。

霊的な分野に関する限りは、一般の自己防衛と反対の極にあると思います。
このところずっと、書いていますように『ゆるめる』という姿勢が一番、霊的には自己を守って
くれます。自然体、受容、浸透、温和、朗らかさなどの態度の方が、霊的な次元からのマイナス
の影響に対して強力な防衛になるということです。
これは、守るべきものが物質生活に関わるよりもむしろ精神生活に関わっているためと思います。
ひとつの「祈り」であるとか「願い」であるとかのほうが、私たちの魂を健全化してくれますし、
また自然体で自分に向かい合えると思うのです。

多くのサイキックなマイナスは、自分を締め付けることも一因を為しているようです。
寛容の態度を忘れ、自分の思いにとらわれ、狭く緻密な思考や自己主張にとらわれる時に人は、
他者の影響下に入り、巻き込まれたり、逆に巻き込んだりします。最初は、ちょっとした気がか
りであったものが、心の中で大きな位置を占めてしまうこともあります。

多くは、人間関係に中で起きるこれらの現象は防ごうと思ったら、困難なことではありません。
シンプルに「人を見るように自分を見つめればよい」だけなのではないでしょうか。
自分がこわばって、批判的になると人もこわばり批判的になります。
自分がゆるんで、静かな気持ちでいれば、他者のありのままの姿も受け入れやすくなります。

あえて、言えば霊的次元では人間は、たいした違いはないのでしょう。
性格や境遇や立場などが異なっているとはいえ、わたしたちが時間的存在・・やがて死すべき
ものであることは、単純な事実なのですから、同じ時間を共有してともに生きているというこ
との方が、深い縁を物語っているのではないかと思っています。

これは、メンタル・ヘルス、または精神衛生といったテーマかもしれませんが、サイキックな
部分から考え直したいと思ったのは、「内と外」という問題に悩む人が多い現状・・そして
スピリチュアルなテーマで、心理学的問題をとらえ返したいと考えたためです。
身体的次元、社会的次元、心理的次元、霊的次元にまたがっで存在しているのが私たちの
生命活動です。
そして、その生命の営みとともに様々なメタモルフォーゼを繰り返しながら、魂の世界は変化
してゆくのでしょう。』

サイキック・ディフェンスは密教の世界では「結界」と言われます。

神道でも同様で大相撲で勝負の前に力士が塩をまいたりするのも「結界」を固めるため

です。

わたしたちもまた、大切な仕事や関係を結ぶ時に結界をはります。

結婚式・葬儀・地鎮祭などです。

単なる儀礼やセレモニーと捉える人も多いかと思われますが、これが意外と効果があるものです。

「すこやかであんしんな暮らし」を守るため、また「自分のヴィジョンを実現する」ためにも

結界は必要と考えています。神道では禊、潔斎と言われ重んじています。