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『カナリア』井上陽水

はい、どっと・こむばんは(=^o^=)やまねこでおます。風流人のSさんと語らって

いました。彼の話の流れの中で時折訪れる「間」というものがあることに気づき

ました。話が途切れた時の静寂・・・日本語では間と言います。

間が悪い、間を置く、間抜けなどといいならわされていますね。

西洋ではこれをthe angel passes・・・天使が通り過ぎるというらしい。

長年詩吟をたしなむ彼の好むお話は風流とメンタル・トレーニングをめぐるテーマ

です。

確かに日本人は、メントレ、筋トレが昔から好きです。

鍛錬する・・・ということに魅力を感じやすい日本人。

形から入る日本人ならではの趣味かな、と思います。茶道、華道、弓道、書道、剣道

、柔道、国道、県道、お四国遍路道まで、鍛錬の道を歩きたがるものです。

形は・・・型に通じ、型を真似ることから初め、だんだん慣れて型が身につくと、今度は

型破りをします。

型がこわれて、もう一度型に戻り、礼を身につけ、作法を身につけ、何もなかったように

すべてを忘れます。

忘れてしまうのなら、なんであんなに鍛錬したのか?というになるのですが、[型にはまる]

という表現もあるように「型」というものが良きお手本であると同時にメンタルな自由を

しばるものでもあることをわたしたちは知っているからです。

だから、何事もなかったように忘れるのです。

中島敦の小説に「名人伝」というのがあります。弓の名人の物語です。

昔、邯鄲の都に紀晶という男がいました。

はじめ、紀晶は弓の名人に弟子入りします。師匠は、弓をいることをさせず様々な修行を

させます。

「まばたきをするな」「蚤を見つめ続けよ」などなど弓にさわらせることもしません。

紀晶は瞬きをしないで機織をする妻の太ももを見つめて一月・・瞬きをしなくなります。

さらに蚤を見つめて3月・・・蚤が大きな虫に見えてきます。

師匠は「やっと準備がととのったようだな」と弓の奥義を伝授します。

師匠のもとで弓の修行を納めた紀晶は、名人の腕をすでに得ていたのです。

ここで、彼に邪心が芽生えます。師匠を弓で射れば、自分が名人になれると思うのです。

隙を伺って師匠に弓をいるのですが、名人同士ですから、師匠も弓で射かえして、

二つの矢は相殺するばかりです。紀晶はみずからの邪心を恥じて、師に懺悔します。

師は、紀晶に「邯鄲の西方のかなた、深山の頂に、わが師でわしのわざなど及ばぬ達人がいる。

そこを尋ねよ」と諭します。

長い旅の末、紀晶は達人に出会います。

達人は「弓を射る間は弓ではない。不射の射こそ道である」

と語り、山頂から鳥めがけて「弓を射る動作」をします。手にはなにもありませんが、

なんと鳥は射られたように落ちてきます。

ここにいたって紀晶は「奥義」がなんであったか悟り故郷に帰ります。

都では、紀晶は弓の達人として知れ渡ります。泥棒でさえ彼の屋敷には殺気を感じて

避けるほどです。

邯鄲では、彼は弓を射ることなく弓の達人と恐れられます。

以来、茫洋と過ごすこと数十年、彼の相貌は時を経て若き日の眼光鋭い男から、まるで木偶の坊

のごとく無為にして、愚者のごとく変貌していました。

老年期を迎えた紀晶をある客が訪ね、四方山話をしているうち部屋のすみにあったある道具を

指差して紀晶は客に尋ねます。「この道具は何と言うものかな。」

「ご冗談でしょう」客はからかわれていると思い、それは『弓と言うものです』と答えます。

紀晶は弓を手にとって、しげしげと弓を見つめ『おお、これが弓と言うものか』