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 どっとイブニング!(^^)!

この春は、ゲストが多く駆け足のごとく日々が過ぎ去っていきます。
4/1(土)は友人の紹介で、歩き遍路をされている飛騨高山の仏師のKさんのご接待をさせて
頂きました。
2月にお四国遍路を満願して、今度はお遍路さんのご接待です。
Kさんは3/5から歩き遍路を始められそうで、徳島・高知と回り、松山に到着されました。
Kさんは仕事がら、座っていらっしゃることが多く、歩き始めた頃は足の指に肉刺ができて、それがつぶれて痛くてしょうがなかったそうです。丁度、遍路旅の中間地点に入り、私なんかよりずっと軽快な足取りで歩かれいます。
道後の子規記念博物館で待ち合わせをして、まずは、51番札所の石手寺に参拝にいきました。
ここは亡き仏師の義父が彫った仏様が一杯あるので、是非、仏師であるKさんと一緒にお参りがしたかったのです。Kさんは義父の作品を見て、「木食」に似ている。「顔一杯ににっと微笑んだ顔の表情が良く似ている。」とおっしゃってくれました。
義父は円空仏と木食が好きだったそうなので、とっても喜んでいると思います。
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石手寺→松山城→俳人 種田山頭火最後の地「一草庵」へご案内しました。
Kさんのリクエストでご案内したのですが、「一草庵」は松山に50年住みながら今回、初めて訪れました。
今でいうホームレスのような山頭火ですが、昔、親戚の者が山頭火のお世話をしておりまして・・・
という話を松山人から何度か聞くことがありました。何年か松山で過ごされていたのかと思いきや、たった1年しか松山に住んでないそうです。今のように情報がない時代ですが、不思議とホームレスのような山頭火のお世話をする人が集まっていたようです。彼の魅力なのかそれとも、俳句文化の根付いている松山という土地柄なのかわかりません。没後70年を経て、特に、俳句に興味を持っているわけでもない私が何気に山頭火の名前を聞く機会があるのも、松山の文化の底に流れているものがあるのだろうなとつくづく思いました。

濁れる水のながれつつ澄む   山頭火

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「唯一現存する当時のもの この看板は実際使われていたものだそうです」

Kさんとの会話の中で印象的なのは
「私は偶像崇拝は違うと思っているんです。自分が仏像を彫る時、極力自分の思いを入れないことに
しているんです、僕が造る仏像は器です。そこに思いを入れるのは持ち主なんです。」
「それは人間と同じですね。肉体は器で、そこに霊魂が入ってますものね。」

お隣さんの好意で、ドームハウス2号機「どんぐり館」に宿泊させていただき、翌日、三坂峠越えにKさんは出発されました。愛媛県の難所の1つ45番札所「岩屋寺」がまっています。

Kさんは還暦を迎えて、歩き遍路をはじめたそうです。実際、回ってみると、歩き遍路は60歳以上の方か外国人だそうです。歩き遍路の大変さは相当のものです。
皆様の、無事、88か所満願をお祈り申し上げます。

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「Kさんから頂いたご縁名刺」